チェブラーシカ

ka-lei-do-scope2008-07-25

公式サイト:http://www.ghibli-museum.jp/cheb/

噂の「チェブラーシカ」を観てきました。予告編を観たときから「かわいいんだけど、何だか雰囲気がうら淋しい」ことが気になっていたのですが、「旧ソ連」の映画だと知って、納得すると同時に、これは是非劇場で観なければ!と思っていたのです。

この映画を紹介する日本人は「チェブラーシカのやさしさが、周りを幸せにしていく」といった、非常に自分に引き寄せた見方で語るのですが、実際に映画を観て強いインパクトを受けたのは、チェブラーシカをはじめとした周りの動物たちが、無意識に「労働をしないのは恥だ」「なまけるのは恥だ」という共通認識を持っていることです。台詞ではそういうことは言いませんが、ともかく何か足りないことや問題を見出すと、すぐにみんなで「労働」を始めるのです。ソ連では、動物にまでマルクス主義が浸透していた!

これは今の日本人の無意識には、ほとんど植え込まれていない認識であって、おそらく資本主義国家の人間はほぼ「生活のために」あるいは「お金のために」働いていて、逆に言えば働かなくても生活できるならば、お金が既にあるならば、働かない、という人が大多数なのではないでしょうか。チェブラーシカにはお金が出てこないので、労働をお金と交換するという発想はそもそもなく、労働とその結果そのものに価値を見出しているところに、人間(動物ですが)形成の大きな差異を見て取りました。

僕はマルクス主義者ではありませんが、とはいえ今までマルクス主義の悪いところばかり見ていたような気もして、もし今の日本人が全員「労働をしないのは恥だ」という認識を(無意識に)持っていたら、国の30兆の借金なんてすぐにでも返せるのではないか、という気もして、大変考えさせられました。

それにしても「チェブラーシカ」は家の中や街の中に極端にモノがなく、これが1960〜70年代のソ連人が心に思い描く原風景なのだなあ、とも思いました。アニメーションなので、画面はどうにでもできるはずで、モノを置きたければ置けるはずです。そうであるがゆえに「作り手の心の中がこうなのだ」ということを意味しており、その点はある意味、実写以上にリアルに心を打たれました。

その他にも、「パンダコパンダ」の有名な(驚愕の)オチは、実はこの映画が元ネタだったこととか、「稲中卓球部」で田中がミカン箱に入って宅急便で帰省する話も、実はこの映画が元ネタだったこととか、水面下で日本のクリエイターに影響していたようです。