「魔術師」サマセット・モーム/「スティル・ライフ」池澤夏樹

モームの「魔術師」と池澤夏樹の「スティル・ライフ」を本棚から取り出して読む。「魔術師」は最初10ページくらい、小難しいレトリックに終始するけれど、これは著者がウォームアップにこのくらいのページ数を要しただけだと分かる。その後は「骨格はヨークシャ人らしくガッシリしていて」とか、イギリス人じゃないと書けないテイストを満喫。「スティル・ライフ」は(別に比較して読もうと思ったわけではないので、「魔術師」とは関係ないのだけども)1988年の作品で、当時の浮遊感が今読んでも感じられるかどうかと思ったけれど、高度は低いがまだ飛んではいる、という感想だ。おそらく、この手の気配は16年経ってすでに現実の一部になってしまっていて、「佐々井」は当時ほど星を見てもいないし、現実を見てもいない。ただ、我々の精神がある段階に成長する初期の過程で、通過しなければならない道標のような作品だとも思えるし、フォロワーを多々生み出した一つのスタイルの先駆けとも思えるが、いずれにせよその年の葡萄の善し悪しによってワインが熟成に耐えられる年数が変わってくるように、年月を経ても価値を失わないどころか深みを増す作品と、早いうちに開けて新鮮みと目新しさを楽しむ作品があるのだろう。