「燃やす」と「焼く」
今日職場で掃除をしていて、秘書さんがゴミ箱に「燃やせるゴミ」と書こうとして「焼けるゴミ」と書いてしまい、せっかくだから、と統一して、もう一つには「焼けないゴミ」と書いたのですが、「燃やす」と「焼く」がどう違うのか考えさせられました。
まず国語辞典*1で面白かったのが、「焼く」は「灰になるまで燃やす」もしくは「火や熱源に直接当て、少し焦げたり部分的に変化を生じたりするまで十分に熱を加える」という意味だと書いてあったことです*2。つまり、「燃やす」には結果についての含意がなく、「焼く」にはある、ということです。
これを検証するために、次の(a)(b)を比較しようと思いました。
(a) 太郎は〜を燃やしたが、花子が水を掛けたので〜は灰にならずに済んだ。
(b) 太郎は〜を焼いたが、花子が水を掛けたので〜は灰にならずに済んだ。
予想としては、(a)は真になりうるが、(b)はなりえない、ということになりますが、実際のところは、まあそうかな、とも思いますが、(a)も火は出ているわけで、それほど(b)と変わらない気もします。一方「焼く」の方も、たとえば魚を焼く場合は灰にまでしないので、結果についての含意の差でどこまで差を捉えているといえるかは微妙かもしれません。
むしろ、「燃やす」では「燃やすこと」もしくは「火」が目的であるのに対し、「焼く」では「焼いたもの」が目的である、という方がうまく説明できるかもしれません。たとえば、火を起こしたいとき「木を燃やす」とは言えるが「木を焼く」とは言えない。逆に、焼き魚を食べたいときに「魚を燃やす」とは言えず、「魚を焼く」となる、等。
あと、「燃やす」が自動詞「燃える」からの派生であるのに対して、「焼く」からは逆に自動詞「焼ける」が派生する、という差も関係ありそうな気が。